免疫部門

研究内容

1. 感染炎症に関連する早産の研究

感染性早産では、胎児が胎内で炎症にさらされることによる胎児炎症反応症候群(FIRS)を起こすことが問題です。FIRSの起因微生物であるマイコプラズマ科のウレアプラズマという細菌の同定方法の確立、ウレアプラズマ特異的胎盤病理像の解析、感染性早産の合併症である新生児慢性肺疾患の自己免疫的機序の病態への関与などの解析を行ってきました。病院に隣接した研究施設として、臨床部門や多くの医療施設と連携しながら活動しています。


1.1 新生児慢性肺疾患の病態

早産合併症として新生児慢性肺疾患があります。早産で生まれた児の肺は未熟であるためダメージを受けてしまう、というのが従来の考え方でした。最近では、単に肺の未熟性だけが問題ではなく、胎児が胎内でサイトカインストームと呼ばれる強い炎症反応にさらされ、さらに出生後生きるために必要な人工換気による機械的な刺激や酸化ストレスが加わり、新生児の肺はより強くダメージを受けると考えられるようになってきました。ところで、これまで子宮内という限られた空間でサイトカインストームを起こす早産の原因細菌は、なかなかとらえることができませんでした。なぜでしょうか。


1.2 早産関連細菌の探索

一般的に細菌による胎内感染があると、羊水混濁といって羊水が濁ることが知られています。ところが、胎盤所見や母親の臨床症状などから胎内の細菌感染が疑われるにも関わらず羊水混濁が認められず、また一般的な検査でも病原細菌も見当たらないという症例が我々の施設でも多くありました。実は、マイコプラズマ科の細菌は生物という科学的な定義では最小生物の一つで、従って最も小さな細菌の仲間です。その大きさは、およそ100ナノメートル(1メートルの100万分の1)で、電子顕微鏡で観察されるウイルスのサイズです(注:ウイルスは定義上生物とはみなされません)。この細菌を培養しても菌が小さすぎて培養液は濁りません。つまり細菌感染があるにも関わらず羊水混濁は起こさず、そして通常の病理検査や光学顕微鏡観察では見つけることが難しいということになります。ウレアプラズマが早産の原因だといっても、多くの医師には経験的に結びつきにくい理由の一つにこういった事柄があげられます。


我々は培養が一般的には難しいとされるマイコプラズマ科のウレアプラズマ細菌の培養方法を改良し、さらに遺伝子の解析を組み合わせて、詳細に診断する方法を確立してきました。その結果、当センターの原因不明の流早産胎盤のおよそ4割からウレアプラズマを分離することに成功しました。このことは当センターの症例では、疫学的にウレアプラズマが最も多い流早産起因微生物と考えられることを示しています。また、感染性流早産の胎盤においては、病理的に好中球の浸潤を特徴とした羊膜絨毛膜炎があげられます。ウレアプラズマによる羊膜絨毛膜炎では、羊膜周辺及び絨毛膜下における特徴的な二層性の好中球浸潤を見出しました。この理由として、ウレアプラズマが結合する(レセプター)分子の胎盤における分布と関連することも分かってきました。


1.3 胎内炎症の起こる理由

それでは、ウレアプラズマはどのようにして胎内に炎症反応を起こすのでしょうか。これまで、ウレアプラズマはいわゆる病原因子と呼ばれる毒素や、プロテアーゼの産生が少ない細菌として位置づけられてきました。しかし、ウレアプラズマの全DNA配列が決定されたにも関わらず、遺伝子からはこれといった強い病原因子が見当たりません。ウレアプラズマが常在菌なのか、低病原性細菌なのかという議論は、半世紀にもわたり専門家の間で繰り広げられてきました。この疑問に答えるには、病原因子を同定しその因子がモデル動物で流早産に関連することを示す必要があります。従来、感染症を証明する方法としてコッホの原則を満たすということが重要視されてきました。現在はこの原則の解釈を少し広げて、病原体そのものでなくとも病原因子を同定し病態を再現することが病原性の証明につながる、とされています。そこで我々は、ウレアプラズマの病原因子探索を行ってきました。これまでのところ、ウレアプラズマの外膜タンパクには、他の細菌にはない脂質と結合したリポ蛋白質が存在し、このリポ蛋白質の一部分が免疫反応を惹起し、妊娠マウスの流早産に関与することを確認しました。


1.4 ウレアプラズマの制御に向けて

それでは、健康な人にすでに蔓延しているウレアプラズマなどの低病原性細菌を制御するにはどういった対策が考えられるのでしょうか。諸外国の報告では、生殖年齢にあたる健康女性の3割あるいはそれ以上からウレアプラズマが検出されたという結果があります。すでに人類の3分の1近くがウレアプラズマとともに暮らしていると予想される暗澹たる結果です。


マイコプラズマ科の細菌は、自身の遺伝子を極限まで削ることにより次第に小さくなる代わり、多くの栄養をヒトなどの宿主に頼って生きています。太古の昔10億年以上前、真核生物に飲み込まれた細菌は自身の遺伝子を極限まで小さく保ちながら、やがて細胞内のエネルギー産生の場であるミトコンドリアや、葉緑体になりました。そして我々の祖と共生した細菌の様に、現代のマイコプラズマ科細菌は、「共生過程の途上で退行的進化を遂げている」と専門家は考えます。宿主細胞にやがて取り込まれ生きていくことを宿命的な進化として選択した、普段は静謐でしたたかなウレアプラズマを完全にヒトから取り除くことは難しいでしょう。このことは、先ほども述べたようにウレアプラズマは強い病原因子を有していないということとも合致しています。まるでウレアプラズマは、宿主に大きなダメージを与えてしまうと栄養源がなくなることを知っていて武装解除したかのようです。


マイコプラズマ科の細菌は、細菌の特徴ともいえる細胞壁を持っていません。このことは、一般的な抗菌薬(βラクタム系抗菌薬)が効かないということにつながっています。しかし、ウレアプラズマにも弱点はあります。それは自身の遺伝子を削り取りすぎたため、成育できる環境が極端に限られてしまったということです。ウレアプラズマの培養を実験室で行うと、この菌はほんの少しの環境変化で死んでしまいます。検査において、培養が困難で同定しにくいというデメリットもあるのですが、逆に菌数を減らすための戦略の一つに成り得ます。


ウレアプラズマの性質が少しずつ明らかになってきたことによって、適切な薬剤の選択による菌数の減少、あるいはウレアプラズマの生育しにくい環境作りを行うことで、ウレアプラズマの子宮内への侵入を減らし早産の予防に役立てることができるのではないかと考えるようになりました。女性は乳酸菌による自然のバリアを持ち、外部からの微生物等の侵入を防ぐとともに、酸性度を保つことによってそれらの増殖も抑えています。この正常細菌叢のバリアを正常化あるいは強化することにより、ウレアプラズマが子宮内に波及することを最小限にとどめられる。このことを、我々は「生殖環境整備」と呼んでいます。これらの生殖環境を整えること(ウレアプラズマ感染によって)早産や流産を経験した方の多くは、次の妊娠でよい結果を得ています。


2. その他の研究

2.1 染色体異数性の起こるメカニズム

ヒトの体細胞は23対(46本)の染色体を有し、基本染色体を二組もつ2倍体です。初期流産の原因の多くに染色体の異数性(数の違い)があります。なぜ、染色体の数が異なってしまうのでしょうか。我々は、このメカニズムに迫るために、DNA複製の結果できる同じ染色体に由来する姉妹染色体の結びつきの弱くなったRoberts症候群の原因遺伝子esco2の働きについて、原因遺伝子の同定及び、遺伝子変異メダカの作成と解析を行いました。メダカはヒトと同じく2倍体で、染色体は24対(48本)で構成されており、ヒトと近い染色体数です。我々はesco2変異メダカを用いて、メダカ受精卵における染色体数や表現型を調べました。その結果、染色体の形態異常や、各種の異数性が高頻度で起こっていました。


また、Roberts症候群は同じ遺伝子変異がある同一家系内でもその症状(表現型)が異なるといった、劣性遺伝病としてはあまり経験しない病態を示します。モデルメダカの結果は、同じ遺伝子変異をもっていても各細胞によって染色体の数が異なり、ひいては各臓器の障害の程度が異なることになります。この結果は、同じ遺伝子変異を持った個体が別々の表現型を呈する、という臨床的な観察に科学的な根拠を与えました。


2.2 細菌毒素のアレニウス効果の解明 

s病原細菌の毒素には思いもかけない性質をもつものがあります。1907年、スウェーデン生まれのS. A. Arrhenius(1903年、電解質の解離の理論にてノーベル化学賞受賞)は黄色ブドウ球菌のα毒素が中温域の加熱で失活するものの、さらなる加熱では毒素活性が保たれることを発見しました(アレニウス効果)。何がおかしいかと言いますと、例えば生卵は60℃で温泉卵になり、100℃でゆで卵になります。しかしゆで卵が温泉卵に戻るとか、温泉卵が生卵になるなんて話は聞いたことありませんね。これは、卵のなかの蛋白質が熱によって変性してしまったためです。多くの蛋白質は熱変性を受けると、元の構造には戻れないという性質があります。アレニウス効果を起こす蛋白質毒素は、一旦熱で活性を失った毒素が、さらに加熱したのちには(常温で)再度毒性を発揮します。つまり、古い食べ物によく熱を通した方が、あまり熱を通さなかった時よりも、食中毒になりやすいということになってしまいます。全く奇妙な話です。


世界で初めて大阪で発見された腸炎ビブリオという食中毒細菌があります。腸炎ビブリオには耐熱性溶血毒(TDH)という心臓毒がありますが、この毒素もアレニウス効果を起こします。アレニウス効果の謎は発見から100年あまり、いまだその謎が解かれていなかったのですが、我々はTDHを用いてアレニウス効果の起こる分子機構を解きほぐしました。常温で産生されたTDH(ネィティブ状態)は60℃付近で一旦熱変性した状態になります。しかし、さらなる95℃の加熱で変性状態が解除され(アンフォールド状態)、そこから速度依存的ではありますが、元のネィティブ状態のTDHに戻ることを観測しました。また、60℃の加熱で線維状のアミロイド構造を形成していることを明らかにし(reversible amyloidogenic proteinという言葉をつけました)、そしてネィティブ状態では4量体を形成することを見出しました。さらに原子レベルでのTDH4量体構造の決定も行いました(下図2)。