お産を経験された方は実感としてご存じでしょうが、赤ちゃんがお母さんから生まれ出てくることはとても大変なことです。赤ちゃんは子宮の収縮力によって狭い産道を押し出され、それでも力不足の場合は医師や助産婦によって助けられながら、生まれてきます。その経過中には予想以上の力が腕に行く神経にかかることがあります。その力が一定限界を超えると神経が麻痺してしまう、この状態を分娩麻痺といいます。
腕神経叢の解剖分娩麻痺で最も一般的なものは腕神経叢麻痺です。
腕神経叢は腕に行く神経の束(たば)で、脊髄とつながっています。脊髄は背骨の中を通っている脳の続きの神経です。この腕神経叢が完全に麻痺すると腕は全く動かなくなりますし、部分的に麻痺すると腕の一部の動きが麻痺します。腕神経叢は5つの神経根からなり、それらは頭の方からC5、C6、C7、C8、T1神経根と名前が付いています。
分娩麻痺は4000g以上の巨大児に発生しやすいことがわかっています。
巨大児では肩幅が頭より大きい傾向があるために肩が産道でひっかかりやすく(肩甲難産と言います)、お産の時に児の首を横に曲げるように牽引する必要が生じます。この時、過大な力が作用して麻痺が発症します。また骨盤位分娩では、体重に関係なく、まず肩が出て次に頭が出てくるときに強い力がかかり、麻痺が発生しやすいと考えられています。巨大児でもなく、骨盤位分娩でもないのに麻痺が発生した場合には、他の原因がある可能性があります。
神経の傷みぐあいは腕神経叢にかかる力の強さに比例します。弱い力だと神経は軽く引っ張られた状態に一時的になるだけですから、いわゆるしびれが切れた状態だと考えられます。一方、重症例では神経根が完全に引きちぎれることもあり、手術する必要が生じます。頻度的には軽症例が圧倒的に多く、それらは1週間以内に自然回復するので問題ありません。逆に重症例は稀ですが、麻痺が回復せずに上肢の運動機能に障害を残すため、大きなハンディキャップを一生背負うことになります。
分娩麻痺の発生頻度はよくわかっていませんが、1000出生あたり0.4から2.6といわれています。
軽症例まで含めると頻度は高くなりますが、少数の重症例だけが送られてくる整形外科から見れば頻度はそれほど高くありません。
分娩麻痺は臨床症状によって、上位型麻痺(Erb麻痺)、全型麻痺、及び下位型麻痺(Klumpke麻痺)に分類されます。分類はおおむね1か月を経過した時点で行います。これらの典型的な症状は下記の通りですが、実際の症状は損傷の程度、自然回復の混在によって修飾され多彩です。
治療には手術治療とリハビリテーションを中心とした非手術治療があります。どちらも大切で両方が必要となる場合もあります。
手術には大きく分けて神経を修復する手術、関節の拘縮を除去する手術、機能改善のために筋腱を移動させる手術の3つがあります。
分娩麻痺の多くで自然回復が見込まれますが、実際に出生直後に麻痺が回復するものかどうかを判断することは困難です。そのため経過観察が一定期間必要となりますが、一方で時期を失した手術では神経が連続性を回復しても筋に不可逆的な変化が生じており機能回復が望めない結果となります。全型麻痺では3か月、上位型麻痺では6か月が手術に適した年齢です。時期を失しないように。
自然回復でかなりの機能回復が見込まれる場合は手術を行いません。
自然回復で得られる機能よりも、よりよい機能が手術で獲得できると考えられる場合に手術を行います。残念ながら神経手術を受けたからといって、完全に回復するわけではありません。少しでもより良くするために手術します。
自然回復もそうですが神経腫術後の回復はもっとゆっくりです。
最初の回復の兆しは術後6か月頃に見られるのが一般的で、改善は4-5歳まで継続します。改善が停止した時点で、機能をさらにあげる手段が腱移行術に代表される二次再建手術です。
同じ筋力でもより効率的に働くように筋や腱を移動します。
(文責 : 川端 秀彦)
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